追憶のかけら

作者:貫井徳郎|文春文庫

  • あらすじ

最愛の妻を事故で亡くし、娘を妻の実家に取られた大学講師の松嶋。
失意の底にいたところ、戦後すぐに夭逝した作家の未発表の手記を入手する。
戦後の2年弱の活動期間で5本の作品を上梓し、その後謎の自殺を遂げた佐脇依彦という作家の手記だった。
手記には自殺に至る経緯が詳細に書かれており、この内容を学会に発表しようと松嶋は、査を開始する。
当時の関係者を訪ね歩き、佐脇の手記の信ぴょう性を確認し、成果を雑誌に発表する。
だが、その手記はねつ造されたものだとわかり、松嶋は一転窮地に陥る。

  • 感想

佐脇の手記と松嶋の行動が緻密に描かれる作品で、長さは感じさせない。
特に佐脇の手記は全体の半分近くを占めていて、旧字体なのに、読みにくさを感じないことには驚いた。
佐脇が何者かの悪意により、自殺に追い込まれる手記の内容は謎に包まれ、読み応えがある。
また、松嶋の失意と、未発表に向き合う高揚感、その後の絶望にはスリルがある。
佐脇と松嶋は生きた時代が違うが、悲しいくらいお人好しという点で共通しているのも良い。
すぐに絶望し、自分が悪くなくても謝ってしまう。
もどかしくもあるが、いい人だということは伝わってくる。
佐脇が自殺し、松嶋は問題を解決しようとするのは、家族がいるかどうかという違いが大きい。
ミステリだが、家族の絆を描いた作品で、この作家にしては珍しいと思った。
謎解きの部分に関しては、少し納得がいかない部分もあるが、それでも面白かった。

追憶のかけら (文春文庫)

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