帰還せず 残留日本兵六十年目の証言

作者:青沼陽一郎|新潮社
敗戦から60年以上経ち、実際に戦場に行った人たちの数も少なくなっている。
この本は戦後も日本に戻らず、ミャンマーインドネシアなどに残った兵士のその後を描いている。
「どうして、あなたは日本に帰らなかったのですか」と筆者は14人の元兵士に問いかける。
元兵士達は皆、既に80歳を越えており、この機会がなければそのまま歴史に埋もれてしまっただろう。
そういう意味では貴重な記録だが、彼ら一人一人の足跡が話としても非常に面白かった。
激戦地となったミャンマーと、戦闘の無いままに敗戦を迎えたインドネシアでは、兵士達には温度差がある。
ミャンマーでは敗走の末、部隊からはぐれ、そのまま日本に戻らなかった兵士たちが描かれる。
インドネシアでは、日本が負けたことにより国が無くなると思い、現地にとどまった人が多かった。
日本に戻らなかった理由は人によって様々だ。
「婿に出されるのが厭だった」「帰る場所が無くなっていた」
「先輩に連れて行かれた先で、気がついたら脱走兵になっていた」
「現地の女性と結婚し、離れられなくなってしまった」
でも、彼らに共通しているのは、「負けたら帰ってくるな」という戦前の教育を信じていたことだ。
それが戦争に負けた途端、「生きて帰って来い」と言われ、何を信じていいのかわからなくなった。
彼らは自分の考えで、日本に帰らないことを決めた。
戦闘経験の無いまま、インドネシア独立義勇軍に投じ、腕を失った元兵士。
国籍を変えながら、ベトナム戦争を乗り切った元兵士。
日本ではヤクザだったのに、現地で医者になり、敬虔なイスラム教徒になった元兵士。
彼らは日本に絶望したわけではなく、自分の力で現地で生きてきた波乱万丈の物語。
軍国教育を受けてきたのに、敗戦後は個人として生きることを自ら決めたのは小気味良い。
裏表紙に彼らの現在の写真がある。良い本だ。

帰還せず 残留日本兵 六〇年目の証言

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