日本全国「県境」の謎

著者|浅井建爾|実業之日本社
明治維新後に廃藩置県が行われ、当初は三府三百二県あった。
その後、合併と消滅を繰り返し、現在の47都道府県の原形が出来上がった。
その過程で、県境が定まっていくが、現在の形になったのは戦後で、未だに県境がはっきりしないところもあるそうだ。
ここで取り上げられている話の多くは、明治時代のエピソードで、知らない話が多かった。
例えば。
奈良県が堺県に合併され、奈良県が存在しなかった時期があった。
・四国に愛媛と高知しかなかった時期があった。特に徳島と香川は何度か消滅と合併をしている。
・富山と福井を併合して石川県と呼んでいたことがあり、その当時は日本一人口が多かった。
・明治政府に反乱を起こした佐賀や鹿児島は隣の県と合併していたことがある。
鳥取と島根も合併していた時期があり、島根に県庁所在地が置かれたため、鳥取県民は大いに恨んだ。
東京府は現在の23区よりはるかに狭く、西部の多摩地区は神奈川県だった。
・瀬戸内海の島々は漁業権の影響で、何度か所属県が変わっている。
面白い話が収められているが、戦前の話が多く、マメ知識にまではならない。

知らなかった! 驚いた! 日本全国「県境」の謎 (じっぴコンパクト)

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