300年のベール

作者:南條範夫批評社
徳川家康の出自に疑問を持ち、明治の初期に評伝を出した村岡素一郎を取り上げた作品。
静岡県庁に勤める平岡(この作品では名前が変わっている)は、家康の晩年の発言に疑問を持つ。
「自分は5貫文で売られた」という発言の意味するものは何か?同僚の三造と古文書を漁る。
平岡は世良田二郎三郎元信というささら者が、織田信長と同盟する前に松平元康に取って代わったと推理をする。
この時点で、隆慶一郎影武者徳川家康の元ネタだなと思うが、推理の過程が面白い。
隆作品では世良田が家康を騙るのは関ヶ原の合戦以降だが、本作では家康が世に出た時点で世良田だったと主張する。
その理由は、
1)家系の中に不老浮浪僧の名前が刻まれていること
2)若年に今川の人質となっていた駿府に隠居してまで住むというこだわり
3)妻の築山殿と嫡子の信康をあっさりと殺してしまったこと
4)譜代の家臣の石川一正の出奔
5)家康の出自がささら者なので、徳川幕府が、えた非人にたいして過酷な仕打ちをした
この作品は差別色の強い明治初期を描いた作品なので、被差別部落の人への辛らつな発言や罵声が多い。
それに、5番目の理由が本作の一番の主張になっており、これが問題視されたのだろう。
そのため、永らく絶版になっていた本だが、たまたま神保町の東京堂書店で見つけた。
はまぞうでも出てこない本なので、貴重な本かもしれないが、小説としては南條作品の中では、それほど面白くなかった。