聖灰の暗号 上・下

作者:箒木蓬生|新潮社
13世紀のローマ教会によるカタリ派の弾圧にスポットを当てた歴史ミステリーで、文句なしに面白かった。


冒頭の「私は悲しい」という詩がいい。


空は青く大地は緑。
それなのに私は悲しい。
鳥が飛び兎が跳ねる。
それなのに私は悲しい。


生きた人が焼かれるのを
見たからだ。
焼かれる人の祈りを
聞いたからだ。
煙として立ち昇る人の匂いを
かいだからだ。
灰の上をかすめる風の温もりを
感じたからだ。


この悲しみは僧衣のように、
いつまでも私を包む。
私がいつかどこかで、
道のかたわらで斃れるまで。


歴史学者の須貝は、フランス南部の図書館で、異端審問の通詞が残した詩と地図を発見する。
カタリ派の指導者はことごとく火刑に処され、彼らの信仰や生活は全くわからないものとなっていた。
史実として残されているものはローマ教会にとって都合のいいものばかりで、カタリ派は現代でも異端と認識されている。
須貝は通詞のレイモン・マルテイが他にも記録を残しているのではと考え、南仏の調査を開始する。
精神科の医師クリスチーヌや、砂鉄からナイフを製造するエリックが須貝に協力し、順調に調査は進む。
だが、ローマ教会の暗部を暴く研究として、須貝の周りには不審な出来事が起きはじめる。
図書館の館長が死亡し、史跡の洞窟の番人が精神病院から脱走し、クリスチーヌが誘拐される。
それでも暗号を読み解いた須貝は、史跡の洞窟でレイモンの残した古文書を発見する。
ローマ教会の司祭とカタリ派の指導者の論戦、さらにカタリ派の指導者と信者が火刑に処される場面を絵と手記にして書き残していた。
古文書探しの現代のミステリーと、異端として火刑に処せられていくカタリ派の人たちの絶望が交互に描かれる。
この作家は「逃亡」や「ヒトラーの防具」など歴史の暗部に光を当てた傑作を書いているが、本作も感動した。
歴史とは何か、宗教とは何かを考えさせられる作品だった。

聖灰の暗号〈上〉

聖灰の暗号〈上〉