長英逃亡(上・下)

作者:吉村昭新潮文庫
シーボルトの弟子で、当代一の蘭学者高野長英の逃亡生活を精密に描いた傑作。
幕府の政策を批判し、終身禁固となった長英は、牢名主となり、囚人から尊敬されていた。
だが、生涯牢に入ることに納得できない長英は、牢外の下男に獄に放火させ、逃亡を図る。
江戸の弟子の下に潜伏するが、幕府の追及は苛烈を極め、闇夜を利用し、江戸を脱出する。
川越から上州に逃れるが、追っ手は迫り、友人達の献身的な活動により、越後の直江津にたどり着く。
安住の地かと思われたが、放火・脱獄の大罪人を幕府は許さなかった。
放火した下男は捕まり、火あぶりとなり、匿った友人は石抱かせの拷問で、歩けなくなってしまう。
長英は東北地方に潜伏した後、江戸に戻り、宇和島藩主の伊達宗城に招かれ、四国に赴く。
長英が逃亡をしてまで、したかったことは西洋の兵法書を翻訳することだった。
宇和島で翻訳に没頭するが、幕府の追手が迫り、広島、名古屋に逃れる。
再び江戸に戻った長英は妻子を養うため、顔を焼き、医師として活動を始める。
だが、長英が翻訳した兵法書が元で、幕府は長英が江戸に潜伏していることを突き止める。
6年以上逃亡した長英が捕縛され、殺されたのは江戸幕府が倒れる13年前だった。
前半のひたすら追っ手に怯え、逃亡を続けるスリルのある描写と、後半の日本を憂え、翻訳に没頭する日々。
語学の天才とうたわれた高野長英の逃亡生活だけに焦点をあてているが、これがよかった。
匿えば死罪となるのを承知で、長英を受け入れる市井の人々の描写には感動を覚える。
長英が怯え、無名の市民が力強く支えるが、彼らのその後は悲惨なものが多かった。
歴史の無情さを感じさせるが、非常に面白い小説だった。

長英逃亡(上) (新潮文庫)

長英逃亡(上) (新潮文庫)