始祖鳥記

作者:飯嶋和一小学館文庫
江戸時代の後期、岡山の空を飛んだ"鳥人"備前屋幸吉の一生を描いた歴史小説
幸吉は幼いときに傘屋に奉公に出されるが、持ち前の器用さで、岡山随一の表具師となる。
幼い頃から凧揚げの名手だった幸吉は、自分が空を飛ぶことを考え、実行に移す。
夜間に誰もいないところで練習をしていたが、街中では鵺が飛ぶという噂が流れ始めた。
やがて、幸吉は世の中を騒がした罪で奉行所に捕縛される。
街の人々は藩の圧政に対する批判をしてくれたと絶賛するが、幸吉は純粋に空を飛びたかっただけだった。
幸吉は放免されるが、岡山から追放されてしまう。
ここまでが第一部で、弟の弥作の視点で描かれる。


一方、江戸の行徳に住む塩商人の伊兵衛は、塩の売買を独占する株仲間に反発を覚え、独自の仕入れルートを探していた。
単身上方に乗り込み、源太郎という船主と出会う。源太郎は器量の大きな男で、有能な配下を抱えていた。
伊兵衛の心意気に打たれた源太郎は公儀に逆らって、塩を届けることを約束する。
源太郎がそう決めたのは、世直しのために空を飛んだ幸吉の話を聞いたからだった。
実は源太郎と幸吉は幼馴染で、岡山を追放となった幸吉を児島の浜でピックアップして、二人はともに航海するようになる。
伊兵衛と源太郎が作ったネットワークは、全国に飛び火し、流通のネットワークを揺るがした。
だが、伊兵衛は若くして、胸の病で倒れ、この世を去ってしまう。
水上の生活に限界を感じた幸吉は、目の衰えのため引退を決意した船頭とともに、駿河の国に定住する。
ここまでが第二部で、世の中を憂う町人と、技能にすぐれた職人達の話は興味深い。


第三部は駿府の町で木綿を扱う商人として成功した幸吉が、再び空を飛ぼうとする決意に至る話。
表具師、船乗りとして様々な経験を積んできた幸吉は、時計の修理から、入れ歯の制作まで手先の器用さを発揮していた。
そんなとき、町の名主に凧を作って欲しいという依頼を受け、見事な連凧を安倍川に上げ、喝采を浴びる。
また空を飛びたいという思いに駆られた幸吉は、隠居を決意し、一人で飛行機を作り始める。
全てをなし終えたあとの幸吉のあまりにも平凡な言葉が、かえってリアリティがあった。
遠くを見つめる視点と、永遠を感じる心境は凡人では行き着かない。


小説だけど、なぜか手塚治虫の傑作漫画を読んだような、視覚的にも深い読後感があった。
市井の無名の人を丹念に描いている点もいい。幸吉以外の人物描写も素晴らしい。
何故、もっと早く読まなかったのかと悔やまれるほどの小説だ。ただただ面白い。
表紙も良い。

始祖鳥記 (小学館文庫)

始祖鳥記 (小学館文庫)