誰かがいる

昔、法円坂のマンションに住んでいた頃の話。
その部屋は2階で、玄関に面した廊下の前には古い日本家屋があった。
玄関を出ると、まずその家の二階の窓が目に入った。
普段はカーテンが下りていたが、夜は明かりが点いていたので、誰かがいたのだろう。
そこの主人と話す機会があり、年老いた父親が2階で療養中だと聞いた。
ある日の深夜。就寝中にふと目が覚めた。普段はこんな時間に起きることはない。
足元に何か気配を感じる。顔を向けると、青白く透けたパジャマ姿の老人の姿があった。
何だろうと不思議に思う前に、老人が水平移動して、ベランダの窓を抜けて消えてしまった。
足元の老人が佇んでいたところには水溜りのようなものがあった。
拭こうかと思ったが、そのまま残しておいた。夢ならば、残っているはずがない。
翌日、水溜りは残っていた。寝ぼけて小便でもしたかと思い、匂いをかいだ。
何の匂いもしなかった。釈然としないまま、水を拭いた。
その翌日、向かいの日本家屋では葬式があった。老人が亡くなったらしい。
あの夜の老人が、亡くなった老人なのかは、葬式に出たわけではないのでわからないままだ。
自分には霊感は無いし、不思議な経験をしたのはその一度だけだ。
今日、シャワーを浴びているときに、ふと思い出した。
そのとき、誰かが背中を叩いた感触があった。後ろを振り返るが、当然何も無い。